8.09.2015

8.9

今朝も11時2分に合わせて、NHKの長崎平和記念式典の中継を見ながら、静かに黙祷を捧げました。
式典全体を見て、日本は70年前から、まだまだ前に進めていないのだなというのが、率直な感想でした。
あの比類なき恐ろしい出来事の後ですから、傷痕は深く、そう簡単に癒えるものではないに決まっています。

しかし、安全保障という、二度と同じ過ちを繰り返させない為に国民の命を守る、
国の根幹を貫く最重要課題を、感情論で語ってしまうのはどうなのかと思います。

近隣諸国には、どこまでもドライに、平和の理念など無視して虎視眈々と東側に狙いを定める国が、事実あります。そのような国を相手にする時に、日本の世論独特の、安全保障の問題をどうしても感情ありきで語ってしまっていては、いつまで経っても相手に媚びない、怯まない対等な外交など出来ないと思います。

何度かこの日記で書いてきたけれど、高校生の頃に、一度だけイラク戦争に反対するデモ行進に参加したことがありました。プラカードなどは何も掲げず、ただ歩いただけでしたが、その時感じたことは、こんなことで何かが動くわけでもないのに、結局自己満足だったな、、、ということでした。

今、様々な場所で精力的に活動をしている人を否定するわけでは全くなく、それが当時の私の素直な感想でした。それから大人となり責任ある言動を心がける中で、ただ願う、祈る。それだけで何かをやった気になるんじゃなくて、現実に結果に結びつくことをしたい。小さくとも、影響力の持てる人間になりたいと、
強く考えるようになりました。

私は人間にとって最も大切なものは、想像力であると、幼い頃から考えてきました。
私が人の何倍も感受性が強かったからなのか、前世というものがあるならば、それと何か関わり合いがあったからなのかは分かりませんが、毎夜戦争の夢を見たり、ふとした瞬間におぞましい光景が浮かんだり。
誰ともこの恐怖を共有できず、掃除の時間に悔しさで泣きながら雑巾掛けをしたりと、
そんな一風変わった小学校生活を送っていました。

その頃思ったことは、人間は、想像力を失えば、想像することから逃げてしまえば、どこまでも冷酷になり得るのだということ。アメリカは、自国が犯した重すぎる戦争犯罪を受け止めることが出来ず、必要悪であったと開き直ったように見せて、ヒーローの国、アメリカのメンツを支えるのに今も必死です。

被爆者の方々の、後世の私たちには計り知れないほどの苦痛や苦悩、そして願いを絶やすことなく継いでいかなくてはならないのは当然です。それが生かされている我々の責務ですから。
しかし本気で、本気の本気で世界をより良くする為には、綺麗な言葉を並べるだけではなく、感情は横に置いて、あらゆる視点での考察を極めて冷静な観点で行っていかなければいけない、そのバランスが何より大切なのだと思います。それこそが、真に「歴史から学ぶ」ということです。

8月9日。国民一人一人が自分の足元を見つめ、祈りと共に何かについて考える1日となりますように。



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1 件のコメント:

  1. 瞳さん、こんにちは。毎日毎日暑いですねー(^^;;
    ホントにその通り。私の言いたい事全て言ってくれましたー(#^.^#)

    先日 デモに参加している方達に何で参加しているのか?と聞いてる番組があったのですが、一部の方は 『何ででしょーねー、とりあえず』みたいな、まるでお祭りパレードの様な気持ちで小さな子供連れて家族で参加されてる方達もいらっしゃって、見ていてあまり気持ちの良いものではありませんでした。

    国会討論などを見てても他党のあげ足取りばかりで、手を握りあって協力出来ないんかいな?と 毎回、お前の母ちゃんデベソー的な国会中継見てて 最近は見る気も失せてます。
    理想は誰でも平和を望んでます。ただ現実に日本侵略を狙う国が居てもおかしくない今、備えはしっかりしておく必要があると思います。

    もうすぐお盆で、赤トンボが沢山飛んでるの見ると 亡くなった方が帰ってこられたんだから赤トンボだけは採っちゃダメだよーって言われてた子供の頃を思い出します。

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